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僕も時々、靴紐を結ぶ。

M

1998年 人間福祉学科入学

タイトル 走ることについて語る時に僕の語ること
著者 村上 春樹
2007年10月15日、文藝春秋より刊行された。「走ること」と自身の小説執筆の相関性を語るエッセイ。著者本人は「メモワール(回想録)」と呼んでいる。242ページ。

本の中庭というコンセプトから、ふと頭に浮かんだ1冊。この本は、タイトルの通り「走ること」について語られている。走ること、という意味では別にもう一冊紹介したい本がある。ジョンJ・レイティ教授の『脳を鍛えるには運動しかない』だ。この本には走ることと学習効果の関係、ストレス解消、依存症からの脱却といった様々な「効果・効能」が丁寧にまとめられている。

コロナ禍にあって「動き」が制限されることにより、かえってその「動き」の大切さがクローズアップされたように思う。動きだけではない。人との会話も、生演奏も、移動しながら味わう景色も、改めてその価値に気づかされる(普段はスマホに気を取られて景色なんて見ていないにも関わらず)。心の交流や表現は、ある種の制限の中でこそ価値が高まるのでは?なんて格好つけたことをわざわざ口にしなくても、多くの人が実感していることのように思う。

ところで、村上春樹著『走ることについて〜』では、走ることの効果・効能にはほとんど触れていない。走ってみると健康が改善し、メンタルが強くなり、スリムになって素敵になれるという物語は、そこには無い。では何があるのか?と問われると、著者が走ることを通して味わった「景色」が広がっていると伝えたい。ケンブリッジの街とチャールズ川畔、サロマ湖100キロマラソンのワッカ原生花園、真夏のアテネの幹線道路。読者は、それぞれの場所で著者が味わう景色と息遣いを追体験することになる。そこに広がる世界は、心象風景のようなものだと思う。

走ることを通して何かをすぐに得られるのか?といったら、それは難しいような気がする。第一苦しいし、気をつけないと車の往来も危ない。夏は暑く、冬は寒い。中々タイムは縮まらない。それでも、走ることを通して紡ぎ出される心象風景があるのだとすれば、それは案外貴重なものだとも思う。そんなことを考えながら、僕も時々、靴紐を結ぶ。

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