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世界でたった一人

牛乳

職員

タイトル 星の王子さま
著者 サンテグジュペリ
アフリカの砂漠に不時着した飛行機のパイロットである「ぼく」は、そこに現れた不思議な少年「星の王子さま」と出会う。 王子さまは恋人であるバラを残し、本当の友だちを探すために自分の小さな星から旅をしてきた。 旅の途中様々な星で出会った印象的な「大人」たちとのエピソード、そして旅の最後に訪れた惑星「地球」での出会いと別れの物語が描かれる。 王子さまはこの旅を通して何を学び、誰のもとへたどり着くのか。 そしてパイロットであるぼくは、王子さまとの出会いを通してどのように変わっていくのか。 詩的な文体で「本当に大切なもの」について描いた名作。

本を読むということは、特に小説においては登場人物の人生を追体験することではないかと私は考えています。
また、小説の中に登場する景色というものは、たとえそこが現実には無い場所であったとしても、いつのまにか自分の頭の中に確かに存在する場所になっています。
登場人物の感情をもう一度味わいたいとき、自分の頭の中だけにある風景の中にもう一度帰りたいとき、私は「里帰り」のような気持ちで、繰り返し読んだ本を手に取ります。

『星の王子さま』の中にも、そんな感情や景色がいくつも存在します。
世界に自分たち以外いないような静かな夜の砂漠、小さな星の上で見る夕日、ガラスの鉢を被った一輪のバラ、自分がこの人を守らなければというとてつもない愛しさ、胸を締め付けられるような別れの苦しみ…
お伝えしきれないほどたくさんあるのですが、その中でも今回は特に「大切な人」について考えさせられる描写を取り上げてみたいと思います。

「ものは心で見る。肝心なことは目では見えない」
「きみがバラのために費やした時間の分だけ、バラはきみにとって大事なんだ」

こちらの言葉は『星の王子様』の中に登場するキツネが、お別れの秘密として友人である王子さまに贈る台詞です。

王子さまとキツネがはじめて出会ったとき、お互いの存在は「10万人のよく似た少年たちのうちの一人」「10万匹のよく似たキツネのうちの1匹」でしかありませんでした。
しかし、時間をかけて友情を深めてうちに、お互いにとって特別な「世界でたった一人」「世界でたった一匹」になっていきます。

人との関係を考えるときに必ず思い出す、私にとって大切なエピソードです。

王子さまと出会う前、小麦を食べないキツネにとって、小麦畑はなんの意味も持たないものでした。
しかし、金色の髪をした王子さまと出会い、友情を育むことで、「小麦は金色だから、おれは小麦をみるときみを思い出すようになる。小麦畑を渡る風を聞くのが好きになる」とキツネは語ります。

大切な人ができると、その人を想い起させるものに自然と目が行ってしまうという経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
今まで自分とは無関係であったものが、大切な人を連想させる愛しいものに変わるということは、人生をひとつ豊かにしてくれる、とても尊い発見ではないかと私は思います。

自分の恋人であるバラが、世界にたったひとつしかない花だと思っていた王子様は、地球を訪れて同じ花がたくさんある様子を目の当たりにし、悲しみを覚えます。
しかし、キツネのくれた言葉によって、自分のバラは自らが愛情を注いだ存在だからこそ、かけがえのない特別な一輪なのだと気づくのです。

王子さまはバラが大切な理由について、作中で次のように話しています。
「ぼくが水をやったのは他ならぬあの花だから。ぼくがガラスの鉢をかぶせてやったのはあの花だから。〔中略〕愚痴を言ったり、自慢したり、黙っちゃったりするのを聞いてやったのは、あの花だから。なぜって、あれがぼくの花だから」

例え星を隔てて遠く離れていても、自分だけのバラが、この星空のどこかにあると思うだけで、王子さまは幸せな気持ちになることができました。

この文章を読んでくださっている皆様にも、大切な方がいらっしゃいますでしょうか。
その方は今近くにいますか。
それともこのような状況下で、なかなか会えずにいるでしょうか。

その大切な方は、何万人もいる他人の中から、どのようにして替えのきかない、特別な、「世界でたった一人」になったのでしょう。
コロナ禍という特殊な状況の中にいる今だからこそ、王子さまのように、大切な誰かについて考えてみるのも素敵なことではないかと思うのです。

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