2020.01.05「判断する勇気」の育てかた。 ー vol.1 GoodMorning社代表 酒向萌実さん 〜 【連載企画】大学ができること、大学でできること 〜

「判断する勇気」の育てかた。 ー  vol.1 GoodMorning社代表 酒向萌実さん 〜 【連載企画】大学ができること、大学でできること 〜

「自分は、何が好きなんだろう」

「将来は、何の仕事に就くんだろう」

「いったい、どんな生き方をしたいんだろう」

大人になってもなかなか答えの出ない、自分との語らい。

就職、進学、起業・・・など選択しなくてはいけない「進路」がはっきりと目の前に現れてくる大学生活は、多くの人にとって人生の一大イベントです。

この連載では、「良く生きる」ことをテーマにした研究・講義を展開している聖学院大学の清水均教授とゲストとの対話を通じて、人生のなかでも特に可能性の広がる大学時代の時間をどのように形作っていくのかというテーマへのヒントを見出していきます。

第一回のゲストは、社会課題特化型クラウドファンディングサービス「GoodMorning」の代表を務める酒向萌実さん(25)。

「風邪を引く前に会社を休む」「自分が納得できる高校を選ぶ」など、自分の人生に対して積極的な決断をすることを大切にする酒向さんとの対話から見えてきた「『良く生きる』ために学校ができること」とは。

【登場人物プロフィール】

ゲスト:酒向萌実さん(GoodMorning株式会社 代表取締役社長)
ホスト:清水均教授(聖学院大学人文学部長兼アメリカ・ヨーロッパ文化学研究科長)
ファシリテーター:岡山史興さん(ウェブメディア『70seeds』 編集長)

生きやすい働き方を肯定する「ナイス判断!」

ゲストの酒向さんが代表を務める「GoodMorning」は、実現したいことを持っている人がインターネット上で広く資金を募るための「クラウドファンディング 」サービス。ただし、扱うテーマは「社会課題を解決するもの」に限定しています。

そんなテーマからか、全員が20代だという会社のメンバーも「自分にとって生きやすい生き方」を大切にする傾向があるのだそうで、それは酒向さんが「ナイス判断!」と褒めるという、休みの取り方にも現れています。

「例えば、私の会社では風邪を引く前に休む習慣があるんですよ。風邪を引いているのに無理をして翌日1日ダメにするより、風邪をひきそうなときに先に半日休んだ方がいい、といった判断をできるのは気持ちがいいし、生きやすいなと感じています」(酒向さん)

「風邪を引いてから休む」や、むしろ「風邪を引いても無理して仕事をする」ことが褒められるもの、という感覚が当たり前とされがちな世の中では、なんとなくの疑問や違和感にもとづいて行動することができなくなっていきます。

それに対してGoodMorning社では、自分の疑問や感覚にしたがって正しいと思える判断をすること、さらにその判断が褒められることで一人ひとりが自分で判断することに前向きになれる空気を生みだしているのです。

一方で、まだまだ自分の疑問と向き合わずに生きていくことから抜け出せない人が多いのも事実。清水教授は、普段学生たちと接する中で感じる「ブレーキ」を外すために必要なこととして、「ルール」との関係性を挙げます。

「(普段接する学生の多くは)『ナイス判断!』と思う前に自分にブレーキがかかって常識やルールに従ってしまう。「常識やルールを疑う」ことは、社会人として働き出す大学卒業時よりもずっと前から、接していない考え方だと思うんですよね。だからこそ、大学生に対して、個の判断というアクションを癖づけていきたい気持ちはあります。ルールに対して考えずに従うのではなく今あるものを疑ってみる、という癖を」(清水教授)

生きていくなかで、いつの間にか私たちの行動や考え方が「ルール」や「常識」に縛られていることに気づくこと、それらを疑うことが大切だと語る清水教授。

では、どうしたら今あるものを疑ってみる癖づけが可能になるのでしょうか。

理不尽のない場を「選ぶ」ことと、「選べる」ことの責任

酒向さんが今あるものを疑う姿勢を持つきっかけになったのは、「中学時代に理不尽なルールが多かった」ことでした。

「廊下は右側を歩いてはいけない」「他のクラスの教室に入ってはいけない」など、必要性がわからないルールがたくさんあった中学時代。酒向さんは高校受験のタイミングで、ある行動をとります。

「(受験先の高校に通う)在学生に必ず『先生に理不尽なルールを押し付けられたことはありますか』と聞くことにしたんです。『そんなことは一度もない』と曇りなく答えてくれた方が3人だけいたので、その3校を受験しました」(酒向さん)

実際に進学したら、必要性のわからないルールや決まりは存在せず、充実した高校生活を送ることができた酒向さんは、この高校選びの経験を経て「自分で判断すること」の大切さを実感することになりました。

そして、この話にひときわ大きく頷いたのは清水教授でした。

「そういう学校の存在って、貴重なんです。だからこそ、大学生という時間は日本の社会にとってどう大事なんだろう、価値があるとすればどんな4年間がこれから求められるんだろう。そんなことを考えたくなります」(清水教授)

「私の場合は大学を選ぶときに『就職の準備期間にはしたくない』というのが強くあって、大学でしかできないようなことがしたいと感じていました。結果、卒業した今でも『壁にぶつかったらいつでも戻ってきていいよ』と言ってくれるくらい、先生たちとのいい関係が残っています。最初の就職がうまくいかず、やめちゃったときも受け入れてくれたり。『もう一回一緒に考えようよ』と、卒業した後も支えてくれる人やホームのような場所に出会えたことはすごく大きかったなと思っていますね」(酒向さん)

清水教授の問いかけに対し、「やりたいこと」を通じた人との出会いを挙げた酒向さん。理不尽なルールがない場所を選んだからこそ得られた機会の価値を「帰る場所」という言葉で表現する一方で、「選ぶことができない」立場の人がいることについても目を向けます。 

「ICU(国際基督教大学)に高校から通っていることも含め、自分は水準の高い教育で、お金のかかる教育を受けて来ている自覚はあります。自分の家庭の経済状況で、受けられる教育の水準って変わってしまっていて。自分で選んで来たって話をしましたけど、私が自由に選べて、自分でなんでも選択できるんだと思えたのは、選択の幅が狭まった経験がないからだと思っています」(酒向さん)

学校の存在意義やルールに縛られない方法について自分の体験から語るとき、それを「誰にとっても当たり前にできること」だと捉えてしまうと、また新しい理不尽を生み出しかねません。自分と同じではない誰かがいること、「選択できるかどうか」がいまの世の中ではまだ周りの環境に左右される面が大きいこと、酒向さんはそれらを自分なりの役割で受け止めようとしています。

「自分ではコントロールできない力によって選択肢が狭まってしまう経験が積み重なるほど、自分で選ぶことの面白さや大切さを得られなくなると思っていて。だから、お金や生まれた地域、国籍とか障害などによって自分の意思とは関係なく選択できない、決断できないっていう状況をとにかく減らしていくことが大事だなと思っています。特に、たくさん選択肢をもって、選んで生きてきた私のような人間の責任は、そうじゃない社会構造を変えていくことにあり、そのためにこれまでの選択肢があったと思っているんです」(酒向さん)

自分の人生を「良く生きる」ために必要な決断や選択。そこで忘れてはいけない「自分以外」の人々への眼差しこそが、酒向さんが自分の人生を選択してきた結果、育んだものでした。

正解のない世の中だからこそ、「判断する勇気」を

選択を行動として考えるときに避けては通れないのが、「正解」を探すこと。自分の選んだ道が正しいかどうか、損や失敗をしないかどうかを気にしてしまう人はきっと多いはず。

そして、選択につきものの「正解探し」を乗り越えることこそが、学校の果たす役割だと酒向さんは語ります。

「日本の教育に対して『一番ここを変えなきゃ』と思っていることはなんですか?」(清水教授)

「長い人生では、決まった正解より自分にとっての正解を考えないといけないことの方が多いけど、学校では正解が決まっている問題が多い。マルかバツかで判断されることが特に義務教育のなかではすごく多かった。でも現実に自分が生活している中でぶつかる壁や問題って、マルとバツではない、絶対的な正解がないことが多いので、自分で決めればいいんだと思うんです」(酒向さん)

部活や受験にクラスの中の人間関係まで。「間違えたら人生が終わる」とまで思いつめてしまう人も少なくない時代、「絶対的な正解はない」という言葉には視界がひらけるような感覚さえあります。

なぜあるのかわからないルールや常識ではなく、自分にとっての「正解」と向き合うことは、自分の人生を判断して生きていくための一歩目。その経験は学生時代にこそ必要なものかもしれません。

「(自分にとって重要な)タイミングでしか得られない答えを、学校にいる間からもっと体感できていたら決断が怖くなくなるんじゃないかなと思います。『こっちに行ったら死ぬ』なんてことはないし、問題ってそんな単純なものじゃなくて自分で考えてやっていくしかないということを、実感できる機会があったらいいんじゃないかな、と」(酒向さん)

 

最後に、日々学生と向き合う清水教授は、酒向さんの話を受けて学校の役割として必要なこをこう定義しました。

「判断する勇気を育てていく、こということですね。教員はマルに近い方へと『勉強しろ』『なんとかしろ』と言いがちだけれど、それより『バツかもしれないけれどここで判断しろ』とか『間違えてもいいから勇気を持て』と言ってあげる方がいい。バツに近い方を選んだとしても、それは0点ではなくて、決断したことに意味がある。そういったことを伝えていくのが大学の役割なんでしょうね」(清水教授)

「何が正しいか」から、「自分にとって正しいことは何か」へ。そして、「正しくなくてもいい」という安心。学生が「良く生きる」ための行動として大学にできることが、ひとつ見えた、そんな対談となりました。

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